特集「手紙」 逡 巡 風来坊IN東京 '93/ 9/11 「秋味」という名前のビール。 毎年この季節になると発売されるようになったのは何年前からだろう。 今日はよく晴れた土曜日。風が心地よい。六畳間で窓を大きく開け放して、一人飲んでいる。 蝉が鳴いている。短かった夏を知ってか、知らずか…。 過日、葉書が届けられた。差出人のその名を読んだ途端、心が動いた。 さり気ない風をよそおいながら、揺れていた。 覚えのある筆跡。忘れるはずもない。フラッシュバック。あたかも廻り燈篭のように。 学園祭。クラスメート。放課後の教室。坂道の多かった通学路。 馴染みの喫茶店。生意気に煙草なぞふかして。 その女の姓は変わっていた。まじまじとその字を見つめる。幾度も読み返す。 …感傷主義(センチメンタリズム)。どうかしている。自らに言い聞かせる。 しかし、相変わらずそれを楽しむ自分がいる。想像の甘い誘惑。ゆだねる弱さ。許す心地良さ。 今なら貴女をふわりと抱き、瞳を重ねて言えるような気がする。 蝉の鳴き声が消えた。穏やかに緑が揺れている。空は高く青。白雲が浮かぶ。 過ぎ去り、積み重なった時が確かにある。 忘れえぬ想いはどうなるのか。 知っている自分はどうなるか。 一口飲んだ「秋味」は、ほろ苦かった。 |