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特集 一回遅れの「毒」

かまきり男

風来坊94・10・30

「聞いていたんだね」
 女は何も答えない。冷たい目で男を見据える。
「わかったよ。随分ひどい話だものな」
 男は女を見つめた後にこう言って淡く微笑んだ。
 この人、今笑ったわ。
「なぜそんな風に笑えるの」
 硬い声で問う。
「わからないかい」
 柔らかい声だ。
「…ケイ」
「やめて。私は貴方を殺すのよ。
 優しい声出してだまそうったってもうダメ。
 私だってそんなにバカじゃないわ」
 きっぱりと言った。その手には乗らないわよ。ええ。…決して!
「わかってる」
 男の声は、あくまで優しい。
「わかってない!」
 ケイはカマを振りかざし、そのまま電光石火、一気に男のそばに駆け寄った。
 男は一切抵抗しない。のどにカマをあてがわれてもなすがままだ。
 二人はそのまま見つめあった。永劫に等しい数秒間。フラッシュバック。流れる記憶。
「ケイ」
 ケイはカマにグッと力をこめた。
「ひとつだけ頼みがある」
 ケイはさらに力を加える。
「最後の頼みだ」
 男の声はささやくようだ。男の瞳が目の前に見える。
「僕の名前を呼んでおくれ」
 頭の中に火花が散った。体が加熱される。熱い。…殺す。殺してやる。このひとを。このひとを。
 涙が流れるのをケイは感じた。
「…アー…ル」
 かすれた声がやっと出た。
「もう一度」
 優しくうながされる。
「…アール」
「ケイ」
 男はゆっくり腕を動かし、女の背中にそっと手のひらをおいた。
 女の体に電流が走った。
「ケイ。僕は僕の運命を受け入れるよ」
 男は耳元で囁いた。そのまま唇が重ねられ、二人の体はゆっくりと床にくずおれていった。


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